唐突ですが、地鎮祭は、建築において必須ではありません。地鎮祭を行うかどうかは住宅や事務所、マンションなど建てる方の自由ですので設計者や施工者から確認されることでしょう。今回は建築工事が始まる前に行われる地鎮祭についてお話しさせていただきます。
地鎮祭の目的
やってもやらなくてもいい地鎮祭。この儀式にはどのような意味があるのでしょう。それは土地の神様への敬意を示し、建築工事の安全とその建物に関係する人々やそこでの産業の繁栄を祈ることにあります。地鎮祭を経て神聖視された土地に建築を行うこと、それは建築の形態や機能以前に、日本独自の精神的な建築美を形成していると考えられます。とはいえ、この精神は建築デザインにも色濃く反映されています。建築デザインにおいて自然や周辺環境との調和を重視し、その土地の特性を取り入れることが一般的です。そしてその建築の中で人が豊かな生活を送ることや産業が反映することを願って建築の形態や機能のデザインを行います。その思いが実るよう、工事の前に神様に祈り、見守ってもらうという目的といえるでしょう。
地鎮祭の流れ
地鎮祭は神主さんをお呼びして式を行いますが、その一連の儀式はとても神秘的なものを感じます。簡単に流れをご紹介します。
1.修祓(しゅばつ)
神主さんがおおぬさと呼ばれる白い紙のついた道具を左右にサッサッサッと降り、参列者やお供え物を清めます。
2.降神の儀
神主さんが「オォォォ~ゥ」と発声し神様をお呼びします。設計者として参列させていただく中で、これを聞くと毎回、心が引き締まります。
3.献餞(けんせん)
神主さんが建築主、設計者、工事業者の名を読み上げ、神様へ報告します。
4.祝詞奏上
神主さんが建築主、設計者、工事業者の名を再度読み上げ、それぞれの思いや行いを神様へ誓い、工事の安全やその建物での人々の幸せを祈ります。
以前、設計者として参列させていただいた際、神主さんから「設計者は人々が幸せに生活できる住宅を建てまつることを誓います云々…」と神様に奏上していただき、続いて「施工者は安全に円滑に工事を進めます云々…」と工事業者の誓いを奏上されました。神聖な場で神々しい声で表明して頂き、改めてそのプロジェクトを大切に、精一杯しようと感じた次第です。冒頭に地鎮祭を行うか否かは自由と書きましたが、設計者や工事業者がその仕事への思いを一層高め、より良い仕事がなされる効果があるといえるかもしれません。
少し脱線してしまいました、続きます。
5.四方祓いの儀
ここまで神主さん主導でしたがここで建築主の方も出番です。神主さんと建築主の方が敷地の中央と四隅を巡り、お神酒や塩、お米、白紙を撒いて清めます。
6.地鎮の儀
次に設計者の登場です。儀式の場に設けられた砂山に植えられた草を鎌で「エイエイエイッ」と3回発声し刈り取る儀式です。設計者として参列させていただくとき、実はとても緊張して臨んでいます。その次に建築主の方が鍬で砂山を崩します。こちらも「エイエイエイッ」と3回言いながら、2回は鍬を振り下ろす動作、3回目で砂山を崩すようにします。その後神主さんが鎮め物を砂山に納め、最後に工事業者が鋤で土均しを行います。
7.玉串奉奠(たまぐしほうてん)
建築主の方をはじめとして参列者の代表者が玉串を用意された棚へ納めます。玉串を納めた後、二礼二拍一礼の動作を行います。この時、建築主さん側の代表の方が玉串を納めたとき、同席している家族や同じ団体の方は思いを一つに、共に動作を行います。
8.撤饌(てっせん)
神主さんがお神酒や水の蓋を閉じます。
9.昇神の儀
神主さんが「オォォーゥ」と発声し、降神の儀でお呼びした神様をお送りします。
10.直会(なおらい)
神主さんが参列者に儀式が無事行われ、祈りが届けられたことを伝えます。その後、建築主の方から挨拶があり、お神酒で乾杯して終了です。
一連の儀式は地域での違いもあります。建築主の方にとってはわからないことだらけ、という心配もあるでしょう。式の前に神主さんへ聞くと親切に教えて頂けますし、式の中でも困らないよう神主さんがどうするか促してくれることでしょう。
地鎮祭は神道文化に根ざしており、自然や神々との共生の精神を反映しています。土地や自然環境に対する敬意を示すことで、神々の祝福を受けると考えられています。
建築デザインにおいても地鎮祭の精神が自然との調和や、土地の特性や習慣を尊重する形で表現されることがあります。地鎮祭の時、建築という行為の中に神聖なものが宿っていると常々感じます。一般的に自宅や自社を建築をする機会は多くはないと思います。すなわち多くの方が地鎮祭を行う機会も多くはないと思います。地鎮祭はしてもしなくてもよいものですが、建築主の方におかれましては、「せっかくの機会だし記念にやっておく」そんなカジュアルな気持ちで臨まれるものでもよいのではないかなと感じています。
日本だけじゃない、地鎮祭の海外事例
さて、実は日本の地鎮祭に似た儀式や概念は、世界各地の文化にも見られます。そのような事例の一部をご紹介します。
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アメリカのグラウンドブレーキングセレモニー(Groundbreaking ceremony ): 新しい建築物やプロジェクトの開始を象徴する儀式。関係者がシャベルを持って地面を掘ることで、プロジェクトの始まりを祝います。
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中国の開工式: 新しい建物の建設や室内の工事を始める前に、邪悪な霊を追い払い、安全と繁栄を祈願するための儀式。風水の考えが組み込まれており、良い日を選んで行われます。中国にいる私の知人がこの様子を以前教えてくれました。スケルトン状態でマンションを購入し、内装を入居者の自由に工事をすることが多いようです。知人もその一人で、住戸内にて塩、お米、お茶の葉をお祓いに撒いたと言っていました。お茶の葉が日本の地鎮祭で使用されるのは出会ったことがありませんが、このようにその土地の文化の違いが表れるのも面白いですね。
他にはインドのバーミー・プジャ (Bhoomi Pooja)と呼ばれる地鎮祭に似た儀式などがあります。
これらの儀式は、それぞれの文化や思想に基づいて行われるものですが、新しい建築やプロジェクトの成功を祈願するという点は共通です。
建築が豊かな生活、産業の発展など人々の思いのためにあるとすれば、それを祈ったり誓ったりする場として地鎮祭があり、その形は違っても思いは世界各地で共通ということがわかります。建築の根底にあるそのような思いが世界共通なら、建築や建築デザインとは国境を越えて世界で愛される素晴らしい音楽のように、国境を越えることができ、文化や思想が違う人々、世界とも繋がることができること一つなのかもしれません。
地鎮祭のご紹介から飛躍して壮大なまとめとなってしまいました。「地鎮祭ってどうすればいいんだろう?」、「せっかくの機会だし記念にやっておこうか」と興味や機会の一助になれば幸いです。